心理療法いろいろ – ゲシュタルト療法


ゲシュタルト療法とは

実存主義的心理療法のひとつで、パールズ(1893~1970)らによる1951年の『ゲシュタルト療法』の出版をもって、ゲシュタルト療法の誕生と考えてもいいようです。

ゲシュタルトとは「部分部分あるいは要素要素をひとつの意味ある全体像にまとめあげたもの」という意味です。

たとえばケーラー(1887~1967)のチンパンジーの話を例にとると、チンパンジーのオリの天井からバナナがぶら下がっている。
その下に箱がある。 床の上にステッキがある。
そこで、チンパンジーは箱に乗ってステッキでバナナをたたき落として食べた。

これはどういうことかと言うと、バナナ・箱・ステッキというそれぞれの3つの部分(要素)をチンパンジーはひとつの全体像(ゲシュタルト)としてつくりあげた。
ということになります。
このゲシュタルト(全体像)をつくれるかどうかによって、人は行動できるかどうかが決まると言われています。

自分がどうしてよいかわからなくなってしまうのは、自分のおかれている状況にゲシュタルトがつくれないからであります。

たとえば、わかりやすい言うと、いつも読んだり書いたりできていた漢字が「あれ?こんな字だったっけ?」と不明瞭になることありませんか?

かんむり、へん、つくり、と成り立っている漢字などは、そのバランスが崩れてみえると「これでよかった?」と合っているかどうか不安になりますね。
「好き」という字は、「女」と「子」という二つから成り立っています。
しかし、バラバラに注目してしまうと、もとの字がわからなくなってしまいます。

人の顔も、全体を把握しているときは、〇〇さんとわかるのに、鼻だけに目が行ってしまって、鼻の特徴が強い意識に残ると、〇〇さんだったっけ?と自分の認識を疑ってしまうことから、ゲシュタルト(全体像)の崩壊が起こるわけです。

出来事や物事の全体を把握できなくなったときもそうですし、夫婦の会話も何を話し合っていたのかわからなくなるときは、目先の部分的な箇所に意識がいってしまい、論点がずれてしまうことがあります。
話の内容より、口から出た言葉に「なんてひどいこと言うの」と止まってしまうこともありますね。言った言わないの水掛け論もそうです。
このようなことをゲシュタルトの崩壊と呼ぶのです。

発想、アイデアの豊かな人間になる

ゲシュタルト療法はゲシュタルトのつくれない人やつくれてもワンパターンの人にゲシュタルトを創造する場を与えようとするものであります。

言い換えると一つひとつの物事をいろいろな角度からの視点でとらえていくつもの全体像をつくりあげることができる人に誘発するためのものです。

健全な人間とは「自由自在にゲシュタルトのつくれる人間」であるということになります。
たとえば頑固な人が「これしか考えられない」というように他の道があることを認められないでいることがあります。
すると、そこで解決への道や達成への道は閉ざされてしまいます。

そうならないように、トレーニングしていきます。早ければ早い方が効果があります。

具体的な技法としては事実をどのように受け止めるか、立場、役割を交換して行動させたり、過去にまだ経験していないこと(未完の行為)を代替的に行動して欲求を充足させたりします。

そこで感情を伴った洞察をしてもらい、隠れている自分自身や感情に気づかせることです。

ロールプレイング(役割演技)など実践で、相手の立場を体感してみると面白いですよ。
興味関心のある方はご連絡ください。